集中講義
————–
等質空間の積分幾何学
田崎博之
2011
年度首都大学東京
集中講義 授業概要
多様体上の積分に関する準備の後、Riemann等質空間におけるPoincar´eの公式
のHowardによる定式化を解説する。実空間形と複素空間形の場合にはPoincar´e
の公式をさらに詳しく記述する。
第1章 多様体上の積分 第2章 Lie群と等質空間 第3章 等質空間の積分幾何学
目 次
第1章 多様体上の積分 1
1.1 テンソル代数 . . . . 1
1.2 外積代数 . . . . 2
1.3 外積代数における内積 . . . . 3
1.4 Riemann多様体上の測度 . . . . 7
1.5 余面積公式 . . . . 9
第2章 Lie群と等質空間 12 2.1 Lie群とLie環 . . . . 12
2.2 等質空間の多様体構造 . . . . 17
2.3 等質空間の不変Riemann計量 . . . . 18
2.4 Riemann対称空間 . . . . 20
2.5 実空間形と複素空間形 . . . . 27
第3章 等質空間の積分幾何学 36 3.1 Howardによる定式化 . . . . 36
3.2 実空間形 . . . . 44
3.3 複素空間形の特殊な部分多様体 . . . . 52
3.4 K¨ahler角度 . . . . 56
3.5 多重K¨ahler角度 . . . . 60
3.6 Grassmann多様体の積分幾何学 . . . . 65
参考文献 75
1
第 1 章 多様体上の積分
一つのベクトル空間からその上のテンソル代数と外積代数を定め、元のベクトル 空間の内積から外積代数の内積を定める。この外積代数の内積を使ってRiemann 多様体上の測度を定義し、その測度に関する積分の基本的性質を述べる。特に、1.5 節で述べる余面積公式(定理1.5.5)は積分幾何学において重要な役割を演じる。
1.1 テンソル代数
定義 1.1.1 有限次元実ベクトル空間V に対して、
z }|p { V∗× · · · ×V∗×
z }|q { V × · · · ×V 上 で定義されたp+q変数の実数値多重線形写像をV 上の(p, q)型テンソルと呼び、
その全体をT(p,q)(V)で表す。T(p,q)(V)を(p, q)型テンソル代数と呼ぶ。T(p,q)(V) は実数値多重線形写像の自然な加法とスカラー倍によって実ベクトル空間になる。
V の元u1, . . . , upとV∗の元f1, . . . , fqに対して、
(u1⊗ · · · ⊗up⊗f1⊗ · · · ⊗fq)(g1, . . . , gp, v1, . . . , vq)
=g1(u1)· · ·gp(up)f1(v1)· · ·fq(vq) (g1, . . . , gp ∈V∗, v1, . . . , vq ∈V) によって写像
u1⊗ · · · ⊗up⊗f1⊗ · · · ⊗fq :
z }|p { V∗× · · · ×V∗×
z }|q {
V × · · · ×V −→R を定めると、u1⊗ · · · ⊗up⊗f1 ⊗ · · · ⊗fqはV 上の(p, q)型テンソルになる。
命題 1.1.2 V を有限次元実ベクトル空間とすると、写像 z }|p {
V × · · · ×V ×
z }|q {
V∗× · · · ×V∗ −→ T(p,q)(V)
(u1, . . . , up, f1, . . . , fq) 7−→ u1⊗ · · · ⊗up⊗f1⊗ · · · ⊗fq は多重線形写像にになる。
命題 1.1.3 V をn次元実ベクトル空間とする。u1, . . . , unをV の基底とし、f1, . . . , fn をその双対基底とする。すると、
ui1 ⊗ · · · ⊗uip ⊗fj1 ⊗ · · · ⊗fjq (1≤i1, . . . , ip, j1, . . . , jq ≤n)
はT(p,q)(V)の基底になる。特に、T(p,q)(V)の次元はnp+qになる。
命題 1.1.4 V とW を有限次元実ベクトル空間とし、F :V −→ W を線形写像と する。このとき次の条件を満たす線形写像
F(p,0) :T(p,0)(V)−→T(p,0)(W) が唯一つ存在する。条件:任意のv1, . . . , vp ∈V に対して
F(p,0)(v1⊗ · · · ⊗vp) = F(v1)⊗ · · · ⊗F(vp) が成り立つ。また次の条件を満たす線形写像
F(0,q) :T(0,q)(W)−→T(0,q)(V) が唯一つ存在する。条件:任意のf1, . . . , fq ∈W∗に対して
F(0,q)(f1⊗ · · · ⊗fq) = (f1◦F)⊗ · · · ⊗(fq◦F) が成り立つ。
1.2 外積代数
定義 1.2.1 有限次元実ベクトル空間V に関するT(p,0)(V)の元Aと1≤i < j ≤p に対して
(ti,jA)(f1, . . . , fp) = A(f1, . . . ,
i
^
fj, . . . ,
j
^
fi, . . . , fp) (f1, . . . , fp ∈V∗) とおくと、線形写像ti,j :T(p,0)(V)→T(p,0)(V)が定まる。
∧pV ={A∈T(p,0)(V)|ti,jA=−A(1≤i < j ≤p)} をp次外積代数 と呼ぶ。
補題 1.2.2 {1, . . . , p}の元の置換全体から成る群をSp で表す。V の元u1, . . . , up
に対して
u1∧ · · · ∧up = ∑
σ∈Sp
sgn(σ)uσ(1)⊗ · · · ⊗uσ(p) とおくと、∧pV の元u1∧ · · · ∧upが定まる。
命題 1.2.3 有限次元実ベクトル空間V に対して、写像 z }|p {
V × · · · ×V −→ ∧pV (u1, . . . , up) 7−→ u1∧ · · · ∧up
1.3. 外積代数における内積 3 は多重線形写像になる。u1, . . . , up ∈V と1≤i < j ≤pに対して
u1∧ · · · ∧
i
u^j ∧ · · · ∧
j
u^i ∧ · · · ∧up =−u1∧ · · · ∧up が成り立つ。さらにp次正方行列A= (Aij)に対してvj =
∑p i=1
Aijuiとおくと
v1∧ · · · ∧vp = (detA)u1∧ · · · ∧up
が成り立つ。特にv1, . . . , vpが線形従属のとき、v1∧ · · · ∧vp = 0が成り立つ。
命題 1.2.4 u1, . . . , unを実ベクトル空間V の基底とする。このとき ui1 ∧ · · · ∧uip (1≤i1 <· · ·< ip ≤n) は∧pV の基底になる。特にdim(∧pV) =
(n p
)
となる。
命題 1.2.5 V とW を有限次元実ベクトル空間とし、F : V −→W を線形写像と する。命題1.1.4で定めた線形写像
F(p,0) :T(p,0)(V)−→T(p,0)(W) はF(p,0)(∧pV)⊂ ∧pWを満たし、線形写像
F(p,0) :∧pV −→ ∧pW
を誘導する。さらにF(p,0)はF(p,0)(v1 ∧ · · · ∧vp) =F(v1)∧ · · · ∧F(vp)を満たす。
1.3 外積代数における内積
補題 1.3.1 V を有限次元実ベクトル空間とする。このときT(0,2)(V)の元AとV からV∗への線形写像αは
A(x, y) = (α(x))(y) (x, y ∈V)
によって一対一に対応する。この対応によってT(0,2)(V)と、V からV∗への線形 写像全体の成すベクトル空間Hom(V, V∗)は線形同型になる。α ∈Hom(V, V∗)に
対応するT(0,2)(V)の元Aが対称になっていて、さらに、0でないx∈V に対して
(α(x))(x)>0が成り立つときAはV 上の内積になる。
命題 1.3.2 V を内積h , iを持つ有限次元実ベクトル空間とする。内積h , iに補 題1.3.1によって対応するHom(V, V∗)の元をαで表す。∧pV∗は自然に(∧pV)∗と 同一視され、命題1.2.5によってα:V →V∗が誘導する線形写像
α(p,0) :∧pV → ∧pV∗ = (∧pV)∗ に対応するT(0,2)(∧pV)の元は、∧pV 上の内積になる。
証明の概略 まず、∧pV∗と(∧pV)∗を同一視する対応を述べておく。∧pV∗の元 φと(∧pV)∗の元Φは
φ(v1, . . . , vp) = Φ(v1 ∧ · · · ∧vp) (v1, . . . , vp ∈V) によって対応している。
α(p,0)に対応するT(0,2)(∧pV)の元をAで表すと、V の元u1, . . . , upとv1, . . . , vp に対して、
A(u1∧ · · · ∧up, v1∧ · · · ∧vp)
= det(hui, vji)1≤i,j≤p
が成り立つことがわかる。そこで、u1, . . . , unをV の正規直交基底とすると、
ui1 ∧ · · · ∧uip (1≤i1 <· · ·< ip ≤n)
は∧pV の基底になる。さらに、上の計算より、1≤ i1 <· · · < ip ≤nと1≤j1 <
· · ·< jp ≤nをとると
A(ui1 ∧ · · · ∧uip, uj1 ∧ · · · ∧ujp) = δi1j1· · ·δipjp
が成り立つ。したがって、Aは∧pV 上の内積になり、上の基底はこの内積に関す る正規直交基底になる。
注意 1.3.3 以後、特に断わらない限り、内積h, iを持つ有限次元実ベクトル空間 V の外積代数∧pV の内積は命題1.3.2で示したAを考えることとし、Aもh, iで 表すことにする。また、これらの内積から定まるノルムは| |で表す。すなわち、
|u|=√
hu, ui。
系 1.3.4 命題1.3.2の条件のもとで、V の元u1, . . . , upとv1, . . . , vpに対して、
hu1 ∧ · · · ∧up, v1∧ · · · ∧vpi= det[hui, vji]1≤i,j≤p が成り立つ。さらに、V の正規直交基底e1, . . . , enをとると、
ei1 ∧ · · · ∧eip (1≤i1 <· · ·< ip ≤n) は∧pV の正規直交基底になる。
1.3. 外積代数における内積 5 注意 1.3.5 上の系1.3.4よりV の元u1, u2に対して
|u1∧u2|2 =hu1∧u2, u1∧u2i=
hu1, u1i hu1, u2i hu2, u1i hu2, u2i
=|u1|2|u2|2− hu1, u2i2 となる。他方、u1とu2のなす角度をθで表すとhu1, u2i=|u1| · |u2|cosθが成り立 つ。これより、u1とu2の張る平行四辺形の面積の二乗は
|u1|2|u2|2sin2θ=|u1|2|u2|2(1−cos2θ) = |u1|2|u2|2− hu1, u2i2 =|u1 ∧u2|2 となるので、|u1∧u2|はu1とu2の張る平行四辺形の面積になる。このように∧2V の内積によって、V 内の平行四辺形の面積を求めることができる。3個以上の元の 外積の長さについても同様である。
注意 1.3.6 Rnの元を横ベクトルとみなす。横ベクトルuを縦ベクトルにしたものを u∗で表す。m≤nとしてRnの元u1, . . . , um, v1, . . . , vmをとり、ui = [uij], vi = [vij] とおく。
u11 · · · u1n ... ... um1 · · · umn
v11 · · · vm1 ... ... v1n · · · vmn
=
u1
... um
[v∗1 · · · v∗m] = [uiv∗j] = [hui, vji].
これらはm次正方行列になり、両辺の行列式をとると、補題1.3.4より
det
u11 · · · u1n ... ... um1 · · · umn
v11 · · · vm1 ... ... v1n · · · vmn
= det[hui, vji]
= hu1∧ · · · ∧um, v1∧ · · · ∧vmi. Rnの標準的正規直交基底をe1, . . . , enで表すと、
ui = [ui1 . . . uin] =
∑n j=1
uijej.
外積の多重線形性と交代性(命題1.2.3)より u1∧ · · · ∧um =
( n
∑
j1=1
u1j1ej1 )
∧ · · · ∧ ( n
∑
jm=1
u1jmejm )
= ∑
#{j1,...,jm}=m
u1j1· · ·umjmej1 ∧ · · · ∧ejm
= ∑
j1<···<jm
u1j1 · · · u1jm
... ... umj1 · · · umjm
ej1 ∧ · · · ∧ejm
が成り立つ。同様に
v1∧ · · · ∧vm = ∑
j1<···<jm
v1j1 · · · v1jm ... ... vmj1 · · · vmjm
ej1 ∧ · · · ∧ejm
となり、
hu1∧ · · · ∧um, v1 ∧ · · · ∧vmi= ∑
j1<···<jm
u1j1 · · · u1jm ... ... umj1 · · · umjm
·
v1j1 · · · v1jm ... ... vmj1 · · · vmjm
を得る。したがって、
det
u11 · · · u1n ... ... um1 · · · umn
v11 · · · vm1 ... ... v1n · · · vmn
= ∑
j1<···<jm
u1j1 · · · u1jm ... ... umj1 · · · umjm
·
v1j1 · · · v1jm ... ... vmj1 · · · vmjm
= ∑
j1<···<jm
u1j1 · · · u1jm ... ... umj1 · · · umjm
·
v1j1 · · · vmj1 ... ... v1jm · · · vmjm
を得る。m =nの場合は、正方行列の積の行列式がそれぞれの正方行列の行列式 の積に等しいというよく知られた等式になる。
命題 1.3.7 V を内積h, iを持つ有限次元実ベクトル空間とする。V の元u1, . . . , up に対して、
|u1∧ · · · ∧up| ≤
∏p i=1
|ui|
が成り立つ。さらに、等号が成り立つための必要十分条件は、u1, . . . , upが互いに 直交していることである。
補題 1.3.8 V とW をそれぞれ内積を持つm 次元とn次元のベクトル空間とし (m≥n)、F :V →W を線形写像とする。
J F = sup{|F(u1)∧ · · · ∧F(un)| |u1, . . . , unはV の正規直交系}
とおく。F が全射でないときは、J F = 0となり、F が全射のときは、(kerF)⊥の 基底v1, . . . , vnに対して
J F = |F(n,0)(v1∧ · · · ∧vn)|
|v1∧ · · · ∧vn| = |F(v1)∧ · · · ∧F(vn)|
|v1∧ · · · ∧vn| が成り立つ。
1.4. Riemann多様体上の測度 7
1.4 Riemann 多様体上の測度
この節では一般の測度と積分について簡単に復習してから、Rieszの表現定理(定 理1.4.7)を使って、定義1.4.9でRiemann多様体上のRiemann測度を定義する。
これらの測度と積分に関する基本事項については証明なしで述べるにとどめる。
定義 1.4.1 集合Xの部分集合全体2X 上で定義された[0,∞]に値を持つ関数µが 次の条件を満たすとき、µをX上の測度と呼ぶ。
(1) µ(∅) = 0
(2) Xの部分集合の可算族{Ai}とA⊂ ∞∪
i=1Aiを満たすA ∈2X に対して µ(A)≤
∑∞ i=1
µ(Ai).
定義 1.4.2 µを集合X上の測度とする。Xの部分集合Aに対して、
µ(T) =µ(T −A) +µ(T ∩A)
が任意のT ∈2X について成り立つとき、AをXのµ可測部分集合という。
定義 1.4.3 fを測度µを持つ集合Xの部分集合S上で定義された[−∞,∞]に値 を持つ関数とする。さらにµ(X−S) = 0を仮定する。[−∞,∞]の任意の開集合O に対してf−1(O)がXのµ可測部分集合になるとき、fをµ可測関数と呼ぶ。
注意 1.4.4 以上の概念を使って集合上の測度に関する積分論をRnにおけるLebesgue 積分論と同様に展開することができ、Lebesgueの収束定理やFubiniの定理等が成 り立つ。
定義 1.4.5 位相空間Xの開集合全体が生成するσ集合族の元をBorel集合と呼 ぶ。µをX上の測度とする。XのBorel集合がすべてµ可測になり、任意のA⊂X に対してBorel集合Bが存在し、A⊂Bとµ(A) =µ(B)を満たすとき、µをBorel 正則測度と呼ぶ。
定義 1.4.6 Xを局所コンパクト可分Hausdorff空間とする。X上のBorel正則測 度µが、任意のコンパクト集合K ⊂ Xに対してµ(K) < ∞を満たすとき、µを Radon測度と呼ぶ。
定理 1.4.7 (Rieszの表現定理) Xを局所コンパクト可分Hausdorff空間とする。
X上の台がコンパクトになる実数値連続関数の全体をK(X)で表す。K(X)上の実 数値線形汎関数L:K(X)−→Rが、
(1) f ≥0となるf ∈ K(X)に対してL(f)≥0 (2) コンパクト集合K ⊂Xに対して
sup{L(f)|f ∈ K(X), |f| ≤1, suppf ⊂K}<∞ を満たすとき、Radon測度µがX上に存在し、
L(f) =
∫
X
f dµ (f ∈ K(X)) が成り立つ。
注意 1.4.8 この講義では多様体は可算開基を持つC∞級多様体のみ考えることに する。可算開基を持つ多様体は可分になるので、ここでの多様体は定理1.4.7の仮 定を満たしている。
定義 1.4.9 (M, g)をRiemann多様体とする。M の局所座標系(U;x1, . . . , xn)を とる。各x∈ Uに対して∧nTx(M)にRiemann計量から自然に定まる内積を入れ ておく。suppf ⊂Uとなるf ∈ K(M)に対して
L(f) =
∫
U
f(x1, . . . , xn) ∂
∂x1 ∧ · · · ∧ ∂
∂xn
dx1· · ·dxn
によってL(f)を定める。右辺はEuclid空間におけるLebesgue積分である。被積分 関数はコンパクトな台を持つ連続関数だから、Riemann積分に一致している。こ の値L(f)は積分の変数変換の公式から、局所座標系のとり方に依存しないことが わかる。さらに一つの局所座標近傍に台が含まれないK(M)の元に対しては、単 位の分割を使うことによってL : K(M)−→ Rを定義することができる。これも 単位の分割のとり方に依存しないことがわかる。さらにLは定理1.4.7の仮定を満 たすので、Radon測度µがM上に存在し、
L(f) =
∫
M
f dµ (f ∈ K(M))
が成り立つ。この測度µをMのRiemann測度と呼ぶ。今後Riemann多様体上の 測度はRiemann測度のみを考えることにする。µをµ(M,g)と記したり、Riemann 計量がわかっているときはµMと記したりする。vol(M) = µM(M)と表し、vol(M) をMの体積と呼ぶ。通常M の次元が1のときは、長さと呼び、Mの次元が2の ときは、面積と呼ぶ。
注意 1.4.10 n次元多様体上のコンパクトな台を持つn次連続微分形式の積分の定 義をするためには、多様体に向きがついていることが必要になるが、Riemann多 様体上のコンパクトな台を持つ連続関数の積分を定義するためには、多様体の向 きは必要ない。
1.5. 余面積公式 9 命題 1.4.11 MをRiemann多様体とし、(U;x1, . . . , xn)をMの局所座標近傍とす る。U 上定義されたµM 可測関数φが、µM 可積分であるかまたはφ ≥ 0である とき、 ∫
U
φdµM =
∫
U
φ(x1, . . . , xn) ∂
∂x1 ∧ · · · ∧ ∂
∂xn
dx1· · ·dxn が成り立つ。
1.5 余面積公式
積分幾何学の種々の公式を証明するうえで基本的な役割を果たす余面積公式を 示し、その簡単な応用としてFenchelの定理を証明する。余面積公式を述べる上で 必要になる多様体間の写像の臨界値と正則値に関する準備から始めることにする。
定義 1.5.1 f :M −→Nを多様体Mから多様体NへのC∞級写像とする。x∈M に対して、dfx : Tx(M) −→ Tf(x)(N)が全射になるとき、xをfの正則点と呼ぶ。
M の正則点ではない点を臨界点と呼ぶ。y∈Nに対して、f(x) = yとなるfの臨 界点xが存在するとき、yをfの臨界値と呼ぶ。N の臨界値ではない点を正則値 と呼ぶ。
定理 1.5.2 (Sardの定理) UをRn内の開集合とし、f :U →RpをC∞級写像とす る。fの臨界点の全体をCで表し、RpのLebesgue測度をµで表すと、µ(f(C)) = 0 が成り立つ。
定理1.5.2をRiemann多様体上局所的に適用し、測度の可算加法性を使うと次
の定理を得る。
定理 1.5.3 f : M −→ N をRiemann多様体M からRiemann多様体N へのC∞ 級写像とする。fの臨界点の全体をCで表すと、µN(f(C)) = 0が成り立つ。
定義 1.5.4 m ≥ nとし、f : M −→ N をm次元Riemann多様体Mからn次元 Riemann多様体N へのC∞級写像とする。x∈Mに対して補題1.3.8のJを使っ て、J f(x) =J dfxとおく。
定理 1.5.5 (余面積公式) f : M −→ Nをm次元Riemann多様体M からn次元 Riemann多様体NへのC∞級写像とし、φをM上のµM 可測関数とする。m ≥n と仮定する。このとき、N の元yに対して
∫
f−1(y)
φ(x)dµf−1(y)(x)を対応させる関 数はN 上のµN可測関数になる。さらに、φJ f がM上µM 可積分であるか、また はφ ≥0のとき、
∫
N
(∫
f−1(y)
φ(x)dµf−1(y)(x) )
dµN(y) =
∫
M
φ(x)J f(x)dµM(x) が成り立つ。
系 1.5.6 定理1.5.5においてm =nの場合、N の元yに対して ∑
x∈f−1(y)
φ(x)を対 応させる関数はN 上のµN 可測関数になる。さらに、
∫
N
∑
x∈f−1(y)
φ(x)
dµN(y) =
∫
M
φ(x)J f(x)dµM(x)
が成り立つ。
注意 1.5.7 系1.5.6を適用する際に、次のことに注意しておくと、右辺の
∫
M
φJ f dµM
の計算が簡単になる。M の局所座標近傍(U;x1, . . . , xn)において次の等式が成り 立つことがわかる。
∫
U
φJ f dµM =
∫
φ df
( ∂
∂x1
)
∧ · · · ∧df ( ∂
∂x1
)dx1· · ·dxn.
したがってM の接ベクトル空間の正規直交基底をとる必要はない。他方、Nの接 ベクトル空間の正規直交基底e1, . . . , enをとって、x ∈ U に対してf(x)での変換 行列F(x)を [
df ( ∂
∂x1
)
· · ·df ( ∂
∂xn
)]
= [e1· · ·en]F(x) で定めると、
df ( ∂
∂x1 )
∧ · · · ∧df ( ∂
∂xn
)=|detF(x)|
となり、 ∫
U
φJ f dµM =
∫
φ(x)|detF(x)|dx1· · ·dxn.
定理 1.5.8 (Fenchel) cを平面閉曲線とする。cの弧長パラメーターをsで表し、
曲率をκ(s)で表す。このとき、
2π ≤
∫
c
|κ(s)|ds
が成り立つ。
証明 R2内の1次元部分ベクトル空間全体が成す1次元実射影空間をRP1で 表す。RP1の元
{(x, y)∈R2 |xcosθ+ysinθ= 0}
にθを対応させると、θはRP1の局所座標系になる。dθ⊗dθはRP1全体で定義さ
れるRiemann計量になる。このとき、vol(RP1) =πとなることに注意しておく。
1.5. 余面積公式 11 曲線cの点c(s)に対して、c(s)での接線をR2の原点を通るように平行移動し たものを対応させる写像をgで表すと、g :c→RP1はC∞級写像になる。c上恒 等的に1に等しい関数とgに余面積公式(系1.5.6)を適用すると、
∫
RP1
](g−1(l))dµRP1(l) =
∫
c
J gdµc =
∫
c
|κ(s)|ds
を得る。ただし、]Xは集合Xの元の個数を表す。各l ∈RP1に対してcをlに平 行な直線ではさむことにより、](g−1(l))≥2となることがわかる。したがって
∫
c
|κ(s)|ds ≥2vol(RP1) = 2π.
注意 1.5.9 定理1.5.8の証明方法をEuclid空間内のコンパクト部分多様体に適用 すると、被積分関数は高さの関数の臨界点の個数になるので、Morse理論より位 相不変量で下から評価することができる。これがChern-Lashof[3]の定理の証明の 概略である。
第 2 章 Lie 群と等質空間
この章では、Lie群とLie環の関係、等質空間とその不変Riemann計量、Riemann 等質空間のなかでも顕著な性質を持つRiemann対称空間、さらに重要かつ基本的
なRiemann対称空間である実空間形と複素空間形について基本事項をまとめてお
く。証明も含めた詳しい解説がHelgasonの教科書[7]にある。
2.1 Lie 群と Lie 環
定義 2.1.1 多様体Gが群構造を持ち、その群演算
G×G→G; (x, y)7→xy, G→G;x7→x−1
がC∞級写像になるとき、GをLie群と呼ぶ。(特にことわらないかぎり、群の単 位元はeで表す。)
注意 2.1.2 連結Lie群は可算開基を持つことが知られている。したがって、可算 連結成分を持つLie群も可算開基を持つ。
例 2.1.3 V を有限次元実ベクトル空間とすると、V の正則線形変換の全体GL(V) はLie群になる。GL(Rn)はGL(n,R)とも書く。GL(V)を一般線形群と呼ぶ。
GL+(V)で行列式が正になる正則線形変換の全体を表すことにすると、GL+(V) は連結Lie群になる。さらに、GL(V)はGL+(V)に関して二つの剰余類を持ち、
それぞれGL+(V)に微分同型になるので、GL(V)は二つの連結成分を持つ。した がって、注意2.1.2で述べたことより、GL(V)は可算開基を持つ。
定義 2.1.4 Lie群Gの元gに対して微分同型写像Lg, Rgを Lg :G→G;x7→gx, Rg :G→G;x7→xg−1
によって定め、それぞれgによる左移動、右移動と呼ぶ。G上のベクトル場Xは、
Gの任意の元gに対して
(dLg)x(Xx) =Xgx (x∈G) を満たすとき左不変ベクトル場と呼ばれ、
(dRg)x(Xx) =Xxg−1 (x∈G) を満たすとき右不変ベクトル場と呼ばれる。
2.1. Lie群とLie環 13 定義 2.1.5 実ベクトル空間gに双線形写像[ , ] : g×g → gがあり、すべての元 X, Y, Z ∈gに対して
[X, Y] =−[Y, X], [[X, Y], Z] + [[Y, Z], X] + [[Z, X], Y] = 0
を満たすとき、gをLie環と呼ぶ。Lie環gの部分ベクトル空間hが、演算[, ]に 関して閉じているとき、hをgのLie部分環と呼ぶ。
例 2.1.6 多様体M 上のベクトル場の全体X(M)はLieブラケット[ , ]に関して Lie環になる。
例 2.1.7 V をベクトル空間とする。End(V)の元X, Y に対して[X, Y] =XY−Y X と定めるとEnd(V)はLie環になる。このLie環をgl(V)で表す。gl(Rn)はgl(n,R) とも書く。
定理 2.1.8 GをLie群とし、Gの左不変ベクトル場の全体をgで表す。すると、g はLie環X(G)のLie部分環になり、写像
α :g→Te(G);X 7→Xe
は線形同型写像になる。特にdimg= dimTe(G) = dimGが成り立つ。
定義 2.1.9 Lie群Gの左不変ベクトル場の全体からなるLie環gをLie群GのLie 環と呼ぶ。
定義 2.1.10 Lie群の間のC∞級写像f :G→Hが群の準同型写像でもあるとき、
fをLie群の準同型写像と呼ぶ。さらにfが逆写像f−1を持ち、f−1もLie群の準 同型写像であるとき、fをLie群の同型写像と呼びLie群GとHは同型であると いう。Lie環の間の線形写像f :g→hが
[f(X), f(Y)] = f([X, Y]) (X, Y ∈g)
を満たすとき、f をLie環の準同型写像と呼ぶ。さらにf が逆写像f−1 を持つと き、fをLie環の同型写像と呼び、Lie環gとhは同型であるという。
定理 2.1.11 GL(n,R)はdet = 0という代数方程式の零点集合の補集合だからベ クトル空間gl(n,R)の開集合になり、接ベクトル空間Te(GL(n,R))をgl(n,R)と 同一視できる。Lie群GL(n,R)のLie環をgとし、X ∈gl(n,R)に対してGL(n,R) 上の左不変ベクトル場X˜ ∈ gをX˜g = (dLg)e(X) (g ∈GL(n,R))によって定める と、写像
˜:gl(n,R)→g;X 7→X˜ はLie環の同型写像である。
注意 2.1.12 定理 2.1.11の Lie環の同型写像 ˜ : gl(n,R) → g によってLie環 gl(n,R)とLie群GL(n,R)のLie環gを同一視し、今後はgl(n,R)をGL(n,R) のLie環とみなすことにする。Lie環の演算を計算するにはgl(n,R)の方が扱いや すい。
定義 2.1.13 実数全体Rを加法に関してLie群とみなしたとき、RからLie群G へのLie群の準同型写像をGの一径数部分群と呼ぶ。
定理 2.1.14 GをLie群とし、そのLie環をgとする。Lie環gの元全体とGの一 径数部分群の全体は次の対応で1対1に対応する。X ∈gに対してXの積分曲線 c: R → Gでc(0) = eとなるものがただ1つ存在し、cはGの一径数部分群にな り、X ∈gにこのcを対応させる。逆にGの一径数部分群cに対して、定理2.1.8 によってdc
dt(0)に対応するgの元Xをcに対応させる。
例 2.1.15 GL(n,R)の一径数部分群を求めてみよう。GL(n,R)の接ベクトルを gl(n,R)の元と同一視する。X ∈ gl(n,R) ∼= Te(GL(n,R))に対応するGL(n,R) 上の左不変ベクトル場をX˜で表すと、X˜g =gX (g ∈GL(n,R))となる。したがっ て、Xに対応するGL(n,R)の一径数部分群cは
dc(t)
dt =c(t)X (t ∈R), c(0) =e を満たす。行列の指数関数:eA= ∑∞
n=0 1
n!Anを使うとc(t) =etX となる。
定義 2.1.16 GをLie群とし、そのLie環をgとする。X ∈gに対して定理2.1.14で 存在を示したXの積分曲線c:R→Gでc(0) =eとなるものをとり、expX =c(1) とおくことによって写像exp : g → Gを定義する。expをLie群Gの指数写像と 呼ぶ。
例 2.1.17 例2.1.15で示したようにGL(n,R)のLie環gl(n,R)の元X に対応す る一径数部分群はetX になるので、GL(n,R)の指数写像は行列の指数関数に一致 する。
命題 2.1.18 GをLie群とし、そのLie環をgとする。X ∈gに対して定理2.1.14 の対応で対応するGの一径数部分群はt7→exptXになる。
定理 2.1.19 GをLie群とし、そのLie環をgとすると、Gの指数写像exp :g→G はC∞級写像である。さらに、expはgにおける0のある開近傍とGにおけるeの ある開近傍の間の微分同型写像を与える。
命題 2.1.20 Lie群の準同型写像の合成はLie群の準同型写像になる。Lie環の準 同型写像の合成はLie環の準同型写像になる。